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ピューマ渡久地の現在は?記憶が消える病気…妻とは離婚していた?

投稿日:2018年4月3日 更新日:

この記事は、ピューマ渡久地さんの現在についてまとめています。

90年代に活躍し、平成の三羽烏として人気をはせたイケメン天才ボクサーのピューマ渡久地さん。

そんなピューマ渡久地さんの現在はなにやら記憶が消えていく病に侵されているそうです。

また、そんなピューマ渡久地さんを支えるのは誰かというと、離婚した妻の渡久地聡美さん。

壮絶な人生、そして、複雑な関係ですが、現在はどうなっているのかをみていきましょう。

※4月6日放送「爆報フライデー」によって病名が判明したました。記事のおわりのほうに追記しています。

ピューマ渡久地プロフィール

ポイント

  • 名前:ピューマ渡久地(ぴゅーま とぐち)
  • 本名:渡久地隆人(とぐち たかと)
  • 生年月日:1969年11月20日
  • 年齢:48歳
  • 出身:沖縄県石川市(現・うるま市)
  • 血液型:A型
  • 身長:161cm
  • 学歴:興南高等学校、日本大学獣医医学部(中退)

ピューマ渡久地さんは元プロボクサー。

90年代に鬼塚勝也、辰吉丈一郎とともに「平成の三羽烏」と呼ばれたイケメンボクサーで、非常に人気が高かった選手です。

ピューマ渡久地の現在

ピューマ渡久地さんの現在ですが、今は「ピューマ渡久地ボクシングジム」で名誉会長をつとめています。

現役のボクシング引退後、ピューマ渡久地さんはプロボクサーを育成するために、当時の妻・渡久地聡美さんと一緒にボクシングジムを立ち上げます。

当初は会長として自ら積極的に指導にあたっていたようですが、途中で病気療養のために妻の渡久地聡美さんにジムを任せ、東京にあるジムを4年間離れていたことがあります。

ピューマ渡久地のボクシング時代

ピューマ渡久地さんは高校入学と同時にボクシングを始めたそうですが、プロボクサーとしての戦績が圧巻です。

現役時代27戦23勝4敗と、ものすごい勝率。

しかも、勝利のうちKO勝ちが19というのですから、KO率脅威の82%!

これは驚き。

試合を見ている人は楽しかったでしょうねー。

ちなみにボクシングといえば亀田興毅選手が有名ですが、亀田選手の場合、戦績は35戦33勝2敗、KO勝ちは18なのでKO率54%。

しかし、2人とも戦績がすごいですね。。

そんなピューマ渡久地さんですが、獲得したタイトルは

  • 第36代日本フライ級王座
  • 第42代日本フライ級王座

この2つの国内タイトルになります。

世界チャンピオンになれる才能を持っていながら、世界チャンピオンにはなっていません。

これはなぜかというと、ピューマ渡久地さんが酒で問題を起こしてしまったからです。

本人も「酒に溺れなかったらなあ」とこぼしているのですが、実はピューマ渡久地さんは大事な試合をすっぽかしたことがあり、このときの表向きの理由は足首を捻挫したという理由だったのですが、、

実際には飲酒をした結果、暴力ざたを起こしてしまい、このときに右コブシを骨折したからなんだそうな。

こうした理由で大事な試合をすっぽかしてしまったピューマ渡久地さんはあとでまたボクシングに復帰するのですが、一時期はボクシングから離れて建設作業員をしていた時代もあります。

ピューマ渡久地の記憶が消える病気

2018年4月6日放送の「爆報!THEフライデー」によると、ピューマ渡久地さんは記憶が消えていく病に侵されていたといいます。

この病気がどんな病名なのかまでは今のところハッキリしていませんが、ピューマ渡久地さんは現役時代、脳梗塞の疑いがあるということで、世界挑戦権が消滅したことがあります。

実際のところは、あとになってこの脳梗塞の疑惑は誤診ということが発表されるのですが、脳梗塞でないにしろ、このときから脳に異変があった可能性はあります。

ボクシングは頭を打たれると脳が揺れてダメージが残りますが、そのダメージはあとになって出てくることもありますからね。

また、この他にも「解離性健忘」という病気もあって、こちらはストレスやトラウマによって引き起こされる記憶喪失になります。

ピューマ渡久地さんは現役引退後、「ピューマ渡久地ジム」でまだ会長を務めていたころ、体長を崩したことがあり、このときは故郷の沖縄に帰って療養につとめていたこともあります。

しかも、沖縄に帰ったあと、東京に戻ったのは4年ぶりです。

ピューマ渡久地ボクシングジムは東京にあるため、この療養期間はかなり長いといえるでしょう。

ピューマ渡久地の妻と離婚

ピューマ渡久地さんは、1993年8月に生田聡美さんと結婚し、二女一男の3人の子供がいます。

しかし、2006年に離婚をしていました。

ただ、今でもピューマ渡久地さんとは関係が続いているようで、2人で設立したボクシングジム「ピューマ渡久地ボクシングジム」には、名誉会長がピューマ渡久地さん、会長が渡久地聡美さんと名前が載っています。

離婚しながらも一緒にジムを運営しているという複雑な関係性ですが、記憶が消える病気と闘っているピューマ渡久地さんのことを今でも支えているそうです。

非常に心を打ちますよね。

ボクシング業界では珍しい女性会長として活躍されていますが、プロの育成のみならず、ダイエットについても教えています。

2013年には「餃子ダイエット」という本も出版されていますね。

※追記 4月6日 

爆報フライデーで放送されていた情報を追記しています。

記憶は2時間で消えるほどすぐ忘れてしまう

ピューマ渡久地さんは爆報フライデーのインタビュー時に、スタッフと2時間話したあとになぜ爆報フライデーのスタッフがここにいるのかよくわからないといいました。

このことから思っている以上に記憶がすぐに抜け落ちてしまう症状だということがわかります。

元奥さんとの離婚原因は「お酒」

元妻の渡久地聡美さんは現在、ピューマ渡久地ボクシング事務を一人で切り盛りしていて、給料ももらってないと言います。

また、離婚原因についてはピューマ渡久地さんのお酒に原因があります。

そのお酒好きは家にビールサーバーを設置するほどで、仕事にも影響しだしたころ、奥さんの渡久地聡美が「家族とお酒どっちが大切なの?」と聞いたときにピューマ渡久地さんが「選べない」といったことがきっかけで離婚を決めたそうです。

記憶が失われて仕事がままならない

ピューマ渡久地さんが最初に記憶を失ったのは会議中。

いきなり倒れて脳梗塞の疑いで病院に搬送されるも、奥さんが病室に迎えにいくとケロッとして帰り支度をしていたといいます。

そして、ピューマ渡久地さんは自分が倒れていた記憶がないので、いたって健康だと思っている状態。

その状態のままボクシングジムでも指導するのですが、指導中に倒れることもあったり、練習生のことを忘れてしまい「帰れ!」と追い返してしまったり、とにかくまともにボクシングジムで仕事できるような状態でなかったようです。

謎の病の正体は「重積てんかん」

ピューマ渡久地さんの病名は「重積てんかん」であるということが判明しました。

この病気は、てんかんの発作が5〜10分程度続く症状で、この間、脳が止まった状態になるので記憶がなくなるそうです。

しかもピューマ渡久地さんの場合は20分以上もの発作が続くようで、脳に酸素がいかなくなるために億万単位の脳細胞が死滅。

それによって記憶がごっそり抜けてしまうとのことです。

なんとも切ない話です。。

一人にはできないため、常に24時間状態で監視するために沖縄に帰ったそうです。

現在、右半身には麻痺があるそうで食事するときも身体が上手くうごかず、食事中もフォークを取りこぼす状態。

リハビリにも取り組まれているようですが、身体が思うようにうごかず足がもつれる状態でもジョギングを続けてリハビリに取り組んでいました。

ピューマ渡久地と元妻・聡美さんの関係

ピューマ渡久地さんは沖縄で療養されていますが、元妻の聡美さんは東京でボクシングジムを運営。

ボクシングジムのほうの収入は運営で全部消えていくとのことで、ジムは無給でされているそうです。

聡美さんの収入源は、聡美さんが運営している美容サロン。

子供3人も育てていて、帰宅は夜10時すぎるといいます。かなり遅くまで働いていますね。。

そんなピューマ渡久地さんですが、聡美さんにはかなり感謝しているようで、ピューマ渡久地さんが感謝の言葉を載せたビデオを聡美さんがみたとき、聡美さんはボロボロと涙をこぼしていました。

まとめ

この記事では、ピューマ渡久地さんの現在についてまとめてきました。

ボクサーとして波乱万丈の人生を歩んできたピューマ渡久地さん。

引退後はボクシングジムを経営して第2の人生を歩んだかに見えたのですが、、、記憶を失う病気。

壮絶な人生ですが、闘志あふれる姿には勇気をもらえます。

あの人は今、人生激変した…というテーマで、別のあの人の記事も書いています。ぜひ読んでみてください。

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