森本稀哲が現在をしくじり先生で語る!死去の噂が完全にウソな件

元プロ野球選手の森本稀哲(もりもとひちょり)が2017年9月3日放送のしくじり先生に出演していました。

番組内では新庄剛志との師弟関係について語っていて、現在は何をしているのかも話していました。

「あ、この人なつかしいー」なんて思ってネットで名前を調べてみたら、検索候補に「死去」とあるじゃあないですか。

「一体なぜに!?」と思ったわけですが、この原因追求とともにしくじり先生で森本稀哲が語ったエピソードや現在どのようなことをしているのかをまとめていきます。

しくじり先生での内容

「しくじり先生」は、「昔は大成功したけどやらかしてしまったせいで大転落しましたー!なのでここで学んだ人生の教訓あなたに教えます!」といった番組です。

今回、元プロ野球選手の森本稀哲が出演したわけですが、過去のつらい体験や日本ハム時代のチームメートである新庄剛志とのエピソードが中心でした。

プロ野球回のスーパースターでもあった新庄剛志とは2004年から関係が続いており、shinjoが師匠で、森本稀哲が弟子という師弟関係を結んでいて、なんでも当時は250日一緒に生活してたんだそうな。

森本稀哲は自主トレをしているさい、新庄剛志からアドバイスを受けたことにより、打撃成績がアップした話や、新庄剛志が試合前に当時のヒルマン監督に「俺今日出ません。森本稀哲が絶好調なので使ってください。」と弟子をアピールする話にはまさに師弟愛を感じました。

こうして、新庄剛志のあと押しのもと、森本稀哲はその試合で活躍し、これがきっかけとなってレギュラーの座を掴み取ったといいます。

当時のshinjoは「お調子者でスカしたやつだなー」とか思ってましたが、頼りになる兄貴だったわけですね。

こういったエピソードを聞くとチャラい感じのギャップからなんだか意外にいいやつなんだな、とギャップが働いてとてもいい印象になります。不良が猫にミルクを上げるみたいな感じですね。

やらかしエピソード

そんな森本稀哲がしくじり先生で何をやらかしたのかというと、師匠の新庄剛志に憧れていろいろなことを真似するようになったところ、だんだんとド派手な生活スタイルになってしまったようで、時には食費だけで2000万円オーバーというとんでもない時期もあったといいます。

そんなやらかし体験から、「人には自分にあったスタイルがある、だから自分らしく生きなさい」という教訓を番組内では教えてくれました。

ピッコロのエピソード

森本稀哲というと2006年のプロ野球オールスターのときに行ったドラゴンボールの「ピッコロ」のパフォーマンスが有名です。

髪型的にも体格的にもピッタリなはまり役だったわけで、私も当時、これをきっかけに森本稀哲の存在を知りました。

そして、このパフォーマンスをおすすめしたのもshinjoさんとのことです。

shinjoはプレイも巧いですが、魅せるプレーも上手い。

こうしたパフォーマンスのアイデアも抜群なセンスですね。

ちなみに、ドラゴンボールの世界ではピッコロが孫悟飯の師匠役をやっていました。

しかも、めっちゃ厳しいスタイルの師匠です。(5歳の子供を恐竜がいる荒野に置き去りにするレベル)

そんなクールなピッコロのイメージがあったわけですが、森本稀哲が行ったパフォーマンスの背景を考えると、途端に森本稀哲のピッコロがやたらとかわいく思えてきます。

病気のエピソード

森本稀哲といえばスキンヘッド。

それくらい、ツルツルなスキンヘッドがチャーミングな森本稀哲です。

なぜにスキンヘッドにしているのかというと、実はこれには大きな意味があったことが明かされました。

実は、森本稀哲は小学1年の時に「汎発性円形脱毛症」という病気にかかりました。

この病気は髪の毛を含め、全ての体毛が抜け落ちてしまうという原因不明の病気です。

小学1年のときにツルツルになったらいじめを受けるのも想像に難くないでしょう。

案の定、森本稀哲はいじめられていた過去があったことを告白しました。

そして、これにまつわるエピソードとして、当時は元々サッカーをやっていたのですが、野球であればずっと帽子をかぶってられるという理由から野球に転向したというエピソードがありました。

コンプレックスから人生の選択を変えたわけですが、これが後のプロ野球での大成功を考えると、やはり人生には辛い時があってもそれに何かしらの意味があるんだなーと感じざるを得ませんね。

ちなみに、病気は子供時代のことで「髪の毛なんて関係ない!」と、決意して野球に一心不乱に力を入れ始めた頃から髪が生え始めたといい、現在はこの病気を克服しています。

ですが、同じ病気で苦しんでいる人を勇気づけるために毎日カミソリで剃っているといいます。